テープ起こしという仕事には、向き、不向きがあります。正しい日本語能力を備えていれば、誰でもチャレンジすることはできますが、1日中人の声を聞いて直していくという作業は、肉体的にも精神的にも想像以上に負担のかかる作業なのです。
1.耳の良さ |
まず第一に必要な能力は、聞き取り能力です。テープの中には雑音の入ったものや早口のもの、複数の人間が入り乱れて話しているテープなど、録音状態の悪いものもあります。耳の良さとは聴力の問題ではなく、これらのいろいろな音の中から対象者の声だけを拾い上げる能力、そして何と言っているかを聞き取る能力、複数の声を的確に聞き分ける能力などが必要になります。
聞こえる言葉をそのままに文章化することを、素起こしといいます。素起こしでは、意味のないくせや「あの〜」「えっとですね」などははぶくことが多いのですが、そのほかは聞こえたままを忠実に起こすことが求められます。例えばよく聞き漏らしやすいのが、単語の直前におそろしく早い口調でくっついている「いわゆる」「その」「この」「要するに」「それで」「何か」などの言葉です。このぐらい省略しても……と思いがちですが、会議の記録や重要な証言などでは、このほんの少しの言葉でも重要な意味を持つことがあり、聞き漏らさずに記録することが求められる場合もあります。
聞き取り能力には、個人差があります。
同じテープを聞いても、ある人にはすっと難なく聞こえ、別の人にはまったく何をしゃべっているのか全く分からないという結果になります。多くのテープを聞いて慣れていくと、次第に聞き取れるようになることもありますが、多少は素養的な要素もあるようです。
2. 国語力と言葉のセンス |
同じように大切な要素が、国語力です。テープ起こしには原稿というものがありません。耳で聞こえた音声を適切な漢字に変換し、もっともふさわしい位置に句読点を入れ、さらに文節を入れ替えるなどして意味のとおる文章にすることが必要です。
音を聞き取ることができても、適当な漢字を当てはめてしまったのでは、まったく別の意味になってしまうことがあります。同音意義語や送り仮名に気をつけます。音は聞き取れても漢字に迷ったときは、前後の文章や全体の内容から推察して漢字を探すことも必要になります。
例えば、
「私どもが整備をシタイト思っております」
という部分があったとします。この場合、2通りに聞き取ることができます。
「私どもが整備をしたいと思っております」
「私どもが整備主体と思っております」
音声だけではどちらが正解なのか、聞き取り不可能である場合、全体の内容や意味から推測してどちらかを選択しなければなりません。
また、言葉というものは、ある意味で思い付くままに語られることも多く、文章とした場合にはそのままでは読みにくいものになってしまうことが多いものです。言い違い、言い直し、重複などもあります。その場合はクライアントによく仕様を確認し、文節を入れ替えるなどして読みやすい文章に整理することも必要になります。具体的なテクニックについては、あらためて詳しく解説しましょう。
3. 体力的な適性 |
テープ起こしでは、手書きで文章を起こす仕事は非常に少ないといってよいと思います。9割かそれ以上は、パソコンを使って入力します。テープを聞く機材は普通のカセットデッキでもできないことはありませんが、仕事として大量のテープ起こしを毎日することになれば、やはり専用の機材がないと難しいと思います再生ボタンや巻き戻しボタンを頻繁に押すために、指を痛めてしまいます。能率的にも非常に速度が遅くなり、収入に直接影響しますので、仕事として本格的に取り組む場合は、トランスクライバ−を購入されることをお勧めします。
トランスクライバーを購入する余裕がない!という方には、「おこしやす」というフリーソフトをお勧めします。足で操作することができないので、再生、巻き戻しなどの作業はキーボード上の任意のキーを割り当てて行うことになりますが、普通のカセットデッキに比べればはるかに能率よく仕事ができると思います。
これがトランスクライバーです。
再生速度を変えたり、音質を調整する部分です。
フットコントローラーです。
トランスクライバ−によるテープ起こしでは、普通の入力と違って、目と耳と足と手を同時に使います。耳にヘッドホンを当て、音を聞きながら同時に入力していきます。再生速度は調節することができます。テープを「止める」、「再生する」、「巻き戻す」、「早送り」の切り替えは、フットスイッチを足で操作します。慣れてくるとこの4つの作業がスムーズに連動するようになります。
スムーズに入力していくためには、タッチタイピング(手元を見ずにキーを打つこと)は必須です。ワープロレイアウトと違って原稿を見ながら入力するわけではありませんから、目はずっと画面をみつめるようにします。耳や足も酷使する作業になるので、普通の入力作業よりも疲労度が高くなりますから、目線の移動ができるだけ少なくなるようにタッチタイピングを習得してください。目線を移動するのは、資料に目を通すときだけにしましょう。
音の小さなテープや雑音の入ったテープは、音量を上げて聞かねばなりません。長時間に及ぶ作業では頭痛や一時的な難聴のような症状があらわれることもあります。耳と足も総動員して神経を集中して作業をしますので、慣れないうちはかなり疲労感を感じることと思います。熟練してくると、足と手は無意識に動くようになりますが、やはり休息や気分転換を入れながら作業するように配慮することが必要です。こればかりは経験しなければわからないことですので、できるならば事前にトランスクライバーを体験し、疲労度などを実際に経験した上で、続けていける仕事かどうかを判断することが一番安全な方法といえるでしょう。